桃陽記
チチチ…ッ
少女の視線に気付いた一羽が飛ぶと、他の小鳥達は一斉に飛び立ち、眩しい頭上へと消えた。
微動だにしなかった角がゆっくり巡り、タテガミに縁取られた獅子の横顔が小さな小さな少女に一瞥をくれた。
「おはようっ」
少女は質量のない高い声で自分でも身に覚えのない習慣の言葉を放る。
「……出ていけ」
獅子の眼は呆気ない程にあっさりと少女から視線を外し、独り言でも呟くような調子で言った。
年齢の察しの付かない、若くも老いても聞こえる声だった。
森の者は人間を歓迎しない。
それこそ見つけたら喰らうのがここでの常識。
強制されてはいない。それが暗黙のうちに自然に、無意識に出来上がった慣習なのだった。
しかし、この森の住人達にとってその行為は生命維持のための行為というよりは嗜好に近く、今の彼はどうやら背後に立つ小さな人間との接触をなかった事にしてやり過ごしたいらしかった。