桃陽記
少女は、歩く。
休憩する前よりもやや早足で。
怒られるのは、悪い子だから。
悪い子は、おしおきをされる。
おしおきは、こわい。
だから、怒られることをしてはいけない。
自分に親切にしてくれた遭遇者が怒られる事のないよう、少しでも早く遠くへ行かなければならないと、少女は息を弾ませた。
しかし、茂みを抜けようとした事でその足は突如として阻まれる。
「わっ……!!」
唐突に地面に埋まってしまったかのように抵抗を見せた左足を少女が確認する間もなく、その左足首が本人の意に反して持ち上げられ、なんの抵抗も出来ぬうちに少女の視界は逆転した。
頭上には先程足を下ろしていた筈の、湿り気を帯びた土と苔が疎らになった地面。
前方を見ると、今から歩いて行こうとしていた茂みが自分の目線より低い位置で続いていた。
ゆっくりと世界は左から右へと流れて行き、ちょうど進路が後頭部に来た辺りで正面に黄ばんだ長い毛に覆われた灰褐色の顔が正面に現れた。