桃陽記
身体の芯をふるわせるような穏やかな声に、少女はピョコンと顔を上げる。
「この森に留まりたくば我等が王に許しを請うてみよ」
「?……われらがおお…?…」
小さな首を傾げて見る。
『王』という言葉に、自分の中で何か動いたような妙な感覚を覚えたが、すぐにわからなくなった。
「王の下に、自分の足で辿り着いてみよ」
そう言って彼は音もなく翼を大きく羽ばたかせ、再びその巨大な身体を宙に浮かせる。
少女のなかで、急激に寂しさと、一抹の不安が湧き上がる。
「どこいっちゃうのぉっ?」
言いながら追いかけるが、夜闇に浮かんでいた青白い影は見る間に高度を増し、どんどんと木の葉の闇にその身を溶かしていく。
「わが名はメイスフォール。
王の元にお前が辿り着く事が出来た時、また会うだろう」
闇に完全にその身を溶かし、声だけを残して飛び去った老梟の消えた方向を見ながら、少女は一生懸命に彼の言葉を咀嚼する。
自分の中に記憶がないことも、たった今自分が独りでいることも、ふわふわと実感がなく、哀しくもなければ、怖くもない。
それが普通でない反面、自身の中でのこれ以上ない自己防衛であることを、知る者は何処にもいない。
「ん……よし」
感じた温もりを頼るように、少女は森の中を歩き出した。
「この森に留まりたくば我等が王に許しを請うてみよ」
「?……われらがおお…?…」
小さな首を傾げて見る。
『王』という言葉に、自分の中で何か動いたような妙な感覚を覚えたが、すぐにわからなくなった。
「王の下に、自分の足で辿り着いてみよ」
そう言って彼は音もなく翼を大きく羽ばたかせ、再びその巨大な身体を宙に浮かせる。
少女のなかで、急激に寂しさと、一抹の不安が湧き上がる。
「どこいっちゃうのぉっ?」
言いながら追いかけるが、夜闇に浮かんでいた青白い影は見る間に高度を増し、どんどんと木の葉の闇にその身を溶かしていく。
「わが名はメイスフォール。
王の元にお前が辿り着く事が出来た時、また会うだろう」
闇に完全にその身を溶かし、声だけを残して飛び去った老梟の消えた方向を見ながら、少女は一生懸命に彼の言葉を咀嚼する。
自分の中に記憶がないことも、たった今自分が独りでいることも、ふわふわと実感がなく、哀しくもなければ、怖くもない。
それが普通でない反面、自身の中でのこれ以上ない自己防衛であることを、知る者は何処にもいない。
「ん……よし」
感じた温もりを頼るように、少女は森の中を歩き出した。