涙は煌く虹の如く
「シャーーーーッ…」
何かが泳いでいたのだ。
「何だアレ…?」
丈也は頭の中で懸命に泳いでいるモノが何なのかを分析し、把握しようとした。
(雷魚…?)
最初はそう思ったが、泳いでいる物体は雷魚のそれよりももっと大きかった。
体長150cmくらいなのだろうか? 
あくまで目測だが丈也は自分よりも頭一つ分位小さいようであった。

すると、
「パシャァッ…!」
水をかく音と共に白い腕が現れた。
「ゲッ…!?」
思わず声を上げる丈也。
(ま、さか…人…魚…?)
平常心ではありえない想像までしてしまった。
が、すぐに丈也は物体の正体を悟った。
「そうか……」
慣れない自然環境に独り身を置いてしまうと人間社会で培ってきた知識が邪魔をしてしまうのだなと自嘲した。

泳いでいたのは美久だったのだ。
丈也にとって5年ぶりに見た美久であるが面影は残っていた。
見間違えるはずが無い。
「パシャッ…シャーーーッ…」
水面から時折飛び出す可愛らしい顔はまぎれもなく美久のものであった。
しかし、丈也が人魚と見紛ったのも無理はない。
何者にも邪魔されない優雅さをもって美久は活き活きと湖を泳いでいたのだから。
しばらくボンヤリと美久が泳いでいるさまを見ていた。

「………!」
突然丈也はハッとした。
「ズサッ…!」
そして踵を返すと近くにあった巨大なナラの木に身を寄せて引っ込んでしまった。
「ムゥッ……!」
俯いて荒いだ息を整える丈也。
美久は全裸で泳いでいたのだ。
「………」
どうして全裸なのか全く理解できなかった。
何だか見てはいけないものを見てしまったような複雑な感情が飛び出てきて丈也の胸の辺りでジクジクと疼いた。

訳もわからずに木陰から再び湖面を見つめる。
「シャーーーッ、パシャ、パシャッ…!」
丈也が覗いていることなど想像だにすらしてないのだろう、美久は相変わらず楽しそうに泳いでいた。
蒼い湖面に映える薄白い肢体。
その危うい美しさが丈也の心に今まで湧き上がったことのないモヤモヤとした気持ちを呼び起こす。

丈也は美久から目を逸らし、
「スゥ…ハァ…スゥ…」
2、3度深呼吸をして気を落ち着かせた。
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