涙は煌く虹の如く
丈也の戸惑いは怒りへと変貌していた。
あまりにも美久は屈託がなさ過ぎる。
いや、そればかりではない。
明らかに自分を異性として意識していない。
もちろん血の繋がりのある従兄ということもあって”異性”というよりは”身内”としての感覚が勝っているのもあるが、それでも釈然としないもやのようなモノが丈也の脳裏を覆い出した。
おそらくここで美久の着替え姿を直視しても美久は何も言ってこないだろう。
だが、逆にそう予想できてしまうことに何とも言えない”怒り”が丈也の中に湧き続けた。

「ゴメンなぁ、待たせて。さ、帰るべ…」
そんな丈也の心境などまるでわからない美久はそう丈也に語りかけ、自転車を引いてきた。
「美久……」
完全に拍子抜けしてしまった丈也。
「ン…?」
「こっちこそゴメンな…楽しんで泳いでいるところを邪魔しちゃって…」
本当に詫びたい部分をオブラートに包みつつ謝る。
「ン……いいよぉ、どうせもう帰ろうと思ってたからや…」
「そうか……」
どこか会話が噛み合ってないような違和感を丈也は感じた。
いや、会話ばかりではない。
この5年振りの再会そのものが噛み合っていない…

(この娘ズレてる…)
丈也は少しずつではあるが、その原因が分かってきたような気がした。
それが性差によるものなのか、それとも育つ環境に起因するのか、それとも別な理由があるのか、そこまでは判断できないでいたが、脳裏のもやがわずかに晴れていくのがハッキリとわかった。
「………」
「………」
無言の二人。
「カツカツカツ…」
「キー…」
足音と自転車を引く音だけがさっきより遥かに暗くなってきた林の中で響いている。

「クッ……」
静寂に耐えられなくなってきた丈也。
「スッ…」
タバコを取り出した。
「カシュッ…!」
美久に話しかけることはせずにおもむろに火を点けて紫煙を吸い込む丈也。
少しでも美久より優位に立ちたい。
そんな屈折した心から出た行動だった。
「……!?」
美久の顔色が変わった。
「丈ちゃん、タバコ吸うっけ…?」
「あ、あぁ…!」
どこか虚勢を張った調子で丈也が答える。
「東京じゃみんな吸ってるよ。いや、中学生にもなったら皆一度はイタズラするはずさ…」
悪ぶる丈也。
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