涙は煌く虹の如く
「そうなんだぁ…」
美久は驚いているのだか上の空だかわからない表情をして、
「似合わないよ…」
と呟いた。
「………」
何気ない一言であったが、丈也の胸にグサリと突き刺さるものであった。

その日の深夜、海斗家の離れにて。
離れの一室の明かりはまだ煌々と点っていた。
「………」
部屋には丈也が一人いた。
8畳ほどの部屋の真ん中には一人で使うのには勿体ないくらいの格調を持った長方形のテーブルが置かれており、その上には丈也が受験勉強に用いる国語、数学、英語といった教科の参考書やら問題集やらが無造作に並べられている。
また、飲みかけのお茶が入ったペットボトルとタバコが数本もみ消された灰皿がやや申し訳なさそうな感じでテーブルの隅っこで自己主張をしている。
そこに今日から一ヶ月間この部屋の主となる丈也が未だ居場所を確保できていない様子で英語の参考書とジッとにらめっこしていた。
傍目から見れば熱心に勉強しているように映っているだろうが、その熱心さは勉強から来ているものではなかった。

丈也はつい先般終えたばかりの夕食のことを思い出していた。
その夕食は丈也を交え、海斗家の人間3人が揃っていたにも拘わらず、およそ”団欒”とは縁遠い光景だったからだ。
久子は元より賢までもが美久を全く無視して食事をしていた。
蚊帳の外に置かれている美久は沼で見た時とはまるで別人だった。
食事中に流れていたTV番組にも、そして客である丈也にすら関心を払うことなく数分で夕食を取り終えた美久は「ごちそうさま」と言うことも更には丈也を一瞥することすらしないで自分の部屋へと引っ込んでしまった。
あまりにも自分の家庭とは異質の光景に丈也はゾッと寒気を覚え、何でこのような状態なのであるか皆に問い質すことさえ躊躇われ、スゴスゴと離れへと来ざるを得なかったのであった。 

「………」
自分がここへ来るべきだったのかどうかを考え、反芻する丈也。
しばらくまんじりと悩んでいた。
(海斗の家…?そりゃあ心配だけど、俺には受験がある…他人のことに首を突っ込んでなんかいられねぇよ…!)
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