涙は煌く虹の如く
丈也がイジメの場面に遭遇する十数分前のこと。
「パシャッ……」
美久は川縁に座り込んで一人川の水と戯れていた。
その視線はどこかに狙いを定めているようなものではなく、マクロ的感覚で川の流れ全体を俯瞰しているように感じられた。
表情は穏やかであり、心からこの時間を享受しているようだ。

ところが、
「おう、あんな所に”バ海斗”がいる!!」
という耳障りな怒声が聞こえてきた。

「………」
美久が視線を移すとそこには部活帰りのクラスメート八人がこっちへ向かってくる。
忌むべき存在、というより自分のカテゴリの中から削除した人間たちだったから名前も意識して消した。
「おう、シカトすんじゃねぇぞ!」
リーダー格の少年の怒鳴り声が美久の耳を打つ。
八人は少年少女とは思えない、むしろティーンにしかできない野卑な笑みを浮かべて近づいてくる。

「………」
自分の中から消した連中だからそんなのに何を言われようが、何をされようが美久にとって大した問題ではなかった。
ただ、”自然と自分との時間”を邪魔されたことだけが悲しかった。
「………」
悲しくて美久は俯いた。
「バ海斗ぉっ、シカトすんじゃねぇって言ってるべよっ!」
俯いた美久の態度が気に障ったのかどうか定かではないが、彼女の内面のことなど全く理解しようともしない集団のリーダーらしい少年が一際大きい怒声を上げた。

「ジャリジャリジャリ……」
5台の自転車のタイヤが回る度に起こる音が美久にはとても耳障りに聞こえた。
「こうでもしねぇとわかんねぇんだってば…!」
リーダー格の少年の脇にいた少年が機嫌を取らんばかりの態度で、
「グイッ…!」
おもむろに小石を拾うと、
「ビシュッ……!」
美久めがけて投げた。
「ゴツッ……!」
「………!?」
石は幸い美久には当たらず、足元の石にぶつかってあさっての方向へ飛んでいった。
しかしながら美久に恐怖を与えるには十分過ぎる効果を上げたようで、美久は石が当たった辺りを凝視したまま固まってしまった。

「ヒャハッ、バ海斗ビビッちゃったんじゃねぇのぉ…!?」
今度は集団の中の女子が嬌声を上げ笑った。
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