涙は煌く虹の如く
「チュンチュンチュン……」
意識の遥か遠くでスズメの鳴き声が聞こえてくる。
「ム……グゥ……」
その微妙な音を疎ましそうに遮ろうとしているのは丈也だった。
「グゥ……!」
丈也はハッとなり目を覚ました。

「ハァハァ………」
状況判断がまだできないでいたが、目の前の景色は明瞭に飛び込んでくる。
冷蔵庫、食器棚、ガスコンロといったものに囲まれて横たわっていた。
「そっか……」
思い出したくもない昨夜の情景が蘇ってくる。
とはいえ、完全に覚えているわけではない。
久子と村杉の道ならぬ狂態を目撃したのはわかる…
その後強烈な嘔吐感が襲ってきたのも覚えている…
「………」
だが、何度も吐いた後のことはボンヤリとしか思い出せない。
一つだけ思ったのは”美久を起こさないように”ということだった。
だからこの二畳にも満たない狭い台所で身を丸くして寝てたのだ。
丈也の頭の中は様々な色が複雑に入り混じったパレットのようになっていた。

「あ…美久…?」
慌てて立ち上がる丈也。
「あたっ………!」
慣れない板の間で寝たからであろう、身体中が寝違えたかのような鈍痛に見舞われている。
「グッ……」
思うように動かない身体を持て余す。
口の中は胃液の酸味と苦味で満たされており、気分の悪さは増幅される。
「クソッ……!」
丈也は流しへ向かい、ぞんざいにコップを取ると水を汲んで一気にうがいをした。
「カチャ…」
ようやく少し気分も晴れた丈也は勉強部屋へと向かった。

すると、
「ハッ……!」
「………」
ドアの前に美久が立っていた。
「丈ちゃん…」
「起きてたんだ…いつから…?」
焦りの表情を浮かべる丈也。
「ごめんなぁ、丈ちゃん…オラと母ちゃんのせいで…」
「い、いや…」
丈也の焦りは戸惑いへとそして何故か怒りへと変化していた。
「見てたんだ…?」
丈也は自分が嘔吐していたところを美久に見られたことに猛烈な恥ずかしさを覚えた。
「ホント…ごめんなぁ……」
「ダダッ…ガラッ…」
それだけ言い残すと美久は脱兎の如く離れを後にした。
玄関を開けっ放しにしたままで。
「何だってんだよぉっ…!」
丈也の頭の中はますます混濁していた。

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