涙は煌く虹の如く

彼はクルっと船員へ顔を向けると、
「ねぇ、船員さん…」
と話し始めた。
「ン……！？」
船員は急に不安げな表情になった。
「船員さんは今幸せですか？」
「へ……！？」
予期せぬ質問に目を丸くする船員。

「アナタは多分30代後半で、結婚して子供もいるでしょう？この仕事もおそらく10年以上やっていてベテランの部類に入るんじゃないですか？でも、それってアナタが思い描いてた夢の通りの生活ですか…？」
「カァッ……！」
船員の顔がみるみる上気してきた。
それは丈也も気づいていた。
相手がキレてしまうかも知れないことも重々承知していた。
が、一度走り出してしまうと収まりがつかない。
「知りたいんですよ、何でアナタがこんな場末の船の船員を務めているのかを…！で、僕みたいなよそ者が来ると何故敵愾心に満ちた目をするのか…？何よりも今の生活でアナタがどんな生き甲斐を見出しているのかを…！」
「このクソガキゃあ！！」
矢継ぎ早に繰り出される身を削り取られるような辛辣な質問に船員が怒りを露にした。
彼は今にも飛びかからんばかりの勢いで丈也に迫ってきた。

「クッ…！」
丈也も事のヤバさに感づいたようで、傍らにあったボストンバッグをグイと掴んでその場から離れた。
「待て、このぉ…！待てって…！」
遠くの方から船員の怒声が聞こえる。

「タッタッタッ…」
「ハァハァハァ…」
丈也は後ろを振り返ることなく走り続けた。
「ハァハァハァハァ…」
走りながら丈也は頭の中がからっぽになっていく感覚を覚えた。
今抱えている悩みが全部消えていくような感覚を。
その感覚がほんの一瞬であることを知りつつ…
「タッタッタッタッ…」
丈也は走るのを止めなかった。
もうとっくに船員の声など耳には飛び込んでこなかったのだが…
まるで見えない何かから逃げているかのように走り続ける丈也。

「ダァァァァァッ……！」
丈也は何故か大声を出した。
「ダッダッダッ…！」
丈也の走るスピードが更に上がった。
「ヒィ、ヒィ…」
既に息遣いは限界を超えたものになっているようだ。
走っている途中で何人かの島民とすれ違ったことをうっすらと感じた。
何だか怪訝そうな視線が刺すのを皮膚感覚で悟った。