涙は煌く虹の如く
その時僕の意識がどうなっていたかは今となっては知る術すらない…

もっとも知りたいとも思わないのだが…

この話を誰かにしたって

『そりゃあお前、雨に打たれ過ぎてボォーッとしてたんだろ…!』とか

『見間違えだよ、見間違え!』で片付けられてしまうのがオチだ。

だったら僕が見た情景をそのまま信じる方がよっぽどスッキリする!

僕は沼へ行った。

何かが跳ねる音が聞こえたから…

雨粒が僕の身体中を叩き、ぬかるんだ地面に足を取られたりもしたけど僕は走った。

そして何とか沼に辿りついたんだ。

そうしたらそれまで雨の水臭さしか感じなかったのに突然良い香りが漂ってきた。

あんな香りを嗅いだのは初めてだった。

いや、前にどこかで嗅いだかもしれない…

それこそ僕が生まれるずっと前か僕が生まれた頃に…

とにかく初めてなのにどこかで体験したような香りだったんだ。

そして僕の目に飛び込んできたのは…

とても美しいものだった…

あれは何だったんだろう…?

”動物”と呼ぶにはあまりにも生気がなく、

”彫像”と呼ぶにはあまりにも艶めかしかった…

多分”妖精”が実在するとしたらあんな感じなんだろうな。

何より驚いたのがその妖精の顔だった。

美久の顔をしてたんだ…!

美久の顔をした妖精は沼の周りにある中で一番巨大な岩の上に立ち尽くしていた。

彼女をジッと見ているうちに妖精ではなく”本物の美久”だって僕は悟った。

ザァザァと降り続ける雨に打たれた美久はとても自然に、そう、まるで何か木にでもなったように身じろぎもしないで立ってたっけ…

見事に自然の一部と化した美久を見つめていたら突然僕の心の中で何かが弾けた。

(僕の…欲しかった…もの…)

美久を自分だけのものにしたいと思った。

僕は何事かを叫びつつ美久の元へ向かった。

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