涙は煌く虹の如く
無理もない。
人口1000人に満たない島で見たことのない垢抜けた少年、言い換えればよそ者が何かに憑かれたかのように走っているのだ。
「ダッダッダッダッ…」
それでも丈也は走るスピードを緩めない。
右手に握り締めているバッグの重さがズンとのしかかってきた。

すると突然、
「ガクンッ…!」
丈也の右足が虚空を踏んだ。
「うわぁっ…!?」
体勢を崩す丈也。
「バダンッ!」
勢い良く転んでしまい、
「ズザザザザァッ…」
そのままどこかへ転げ落ちた。

「……痛ぅっ……!?」
したたかに膝を打ったようだった。
丈也はうつ伏せの状態で呻いた。
鈍い、それでいて確実に擦り剥いて出血しているであろう痛みがジクジクとしている。

「アァッ……」
丈也が落ちたのは土手だった。
草いきれの青い匂いが丈也の鼻をついた。
あまりに一心不乱に走っていたので道の切れ目が判らなかったらしい。
「まいったな…」
誰かが見ていたのではないか?という羞恥心から出た独り言だった。
「ま、いいか…」
気を取り直した丈也はおもむろにゴロンと仰向けになりそのまま空を眺めた。

「………」
今までに見たことのなかった紺碧の青空、綿菓子のような入道雲、そして優しく照りつける太陽。
「すげぇ……!」
こうして冷静に空などを見てこなかったことを丈也は悔やんだ。
そのまま数分間の間、瞬きをするのも惜しむように空を見つめ続けた。

「うん……!?」
突然左手に感じたむず痒い感覚に驚く丈也。
見ると一匹のテントウムシが丈也の手首から肘に向かってつたっていた。
「アハハハッ…!」
明確な意思を持たずにただひたすら歩み続ける虫の行動に丈也は無邪気な気分になった。
「……っと!?」
今度は急に右手に同様のむず痒さを感じた。
右手の掌の辺りにカブトムシの幼虫を小さくしたような白い芋虫がいた。
「ワッ…!」
丈也は慌てて起き上がり右手を振り払った。
「ポーン」
芋虫は無残にも放り捨てられてしまった。

「ハッ……」
自分の行動の矛盾に気づく丈也。
(何で…芋虫だけ捨てた…?)
”形が違う”という理由だけで芋虫を排除した自分が何だかとても悪いことをしてしまったような感覚に陥った。
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