涙は煌く虹の如く
「ジィジィ、ジィジィ……」
「カナカナカナカナ……」
セミたちは相変わらずけたたましい鳴き声を立てている。
「そうだ、しょうがないよ…うん、しょうがない…!」
何に対してのことなのかわからないが自分を納得させるように独り言を繰り返していた。

「ガバッ…!」
丈也が突然勢い良く飛び起きる。
(最後にひとっ走りしよう…!)
「ダダッ…!」
離れを出る丈也。
そのまま母屋の近くにやってきた。
「あった…!」
丈也が見つけたのは自転車だった。
どうやら叔父高次のもののようだ。
手入れがされていないようで所々錆びていたが、タイヤに空気さえ入れれば十分乗り回せるコンディションではあった。
狭い島なので盗まれる気遣いもないようで鍵すら付いていない。
お誂え向きに空気入れも置いてある。

「よしっ…!」
「カッシュン、カッシュン…!」
懸命に空気を入れる丈也。
見る見るうちにタイヤが張り出して乗り物としての表情を見せる。
「へへッ…!」
自然に丈也の顔にも笑みが浮かぶ。
その表情はどこか吹っ切れていて、少年としての感情に満ちていた。
「ハァッ……!」
タイヤを入れ終えた丈也はその勢いを持続したまま自転車に乗った。
「シャーーーッ……!」
そして走り出す丈也。
自転車を漕ぐことで身体中に受ける風がとても心地良く感じた。

「シャーーーッ……!」
気持ちのままにペダルを漕ぎ続ける丈也。
「ハッ、ハッ……!」
まるで自分が競輪の選手にでもなったような錯覚に陥っているようだ。
自然と身体も前傾姿勢になる。
「ハハッ……!」
笑いも漏れる。

「ハラショーッ……!」
途中で何人かの島民を勢い良く追い越した。
表情は判らなかった。
もしかしたら怪訝な顔を浮かべていたかもしれない。
しかし、もはやそんなことは丈也にとってどうでもいいことであった。
「イェーーーーッ……!」
今風になっているこの刹那こそが至上の快感だった。
心の中でわだかまっているものも今この瞬間だけは忘れることができた。
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