涙は煌く虹の如く
「スクッ…!」
立ち上がる丈也。
キッと女性を睨みつけた。
「どうしたんですかぁっ…!?何か言いたいことでもあるんですかぁっ…?」
わざと腹の底から大声を出した。
予想していなかった反応らしく、女性が身を固くした。
「は、灰皿もねぇのに…どこにそいづ捨てんのや…?」
一見的を得た意見のようだったがやはり”未成年の喫煙”という根本には触れてこない。
つまり自分のことを考えての発言ではないということだ。

丈也の瞳に冷たい光が射した。
「スゥ…フゥーッ…」
そしてオーバーアクションで一服をすると、
「灰皿…?ありますよ…!」
「ギュウゥッ…!」
思い切り右手で火の点いたタバコを握り潰した。
「ジュッ…!」
自分の掌が焦げる音を確かに丈也は聞いた。
「ワッ…ワァッ…!」
丈也の常識外の行動に驚いた中年女性は踵を返してその場を立ち去った。

「つまんねぇ道徳観持ち出しやがって…!」
唾棄せんばかりの勢いで独りごちた丈也。
「あぁっ…!」
怒りにまかせて右手の中のタバコを放り捨てようとするが、
「おっと…」
さっき見た魚の群れを思い出して思い留まった。
「ゴメンな……」
そう言うと丈也は吸殻をGパンの右ポケットに無造作に突っ込んで土手を登り出した。
今度は膝ではなく火傷した右手が痛みで疼いた。
「ザクッザクッ…」
丈也が土手を登る時に鳴る足音はどこか毛羽立った金属のような雰囲気を醸し出していた。


登り切ると視界には過疎とまではいかないがどこかひなびた町並みが飛び込んできた。
「スタッ…」
民家が軒を連ねる通りへ向けて歩み始める丈也。
改めて周囲を見回す。
木造やモルタルの一軒家ばかりだ。
新築の家は全く見当たらず、海風から来る塩分によって錆び放題の鉄階段などが目に付く。
(自然って…スゲェよな…人間が作ったモノを結局はこうやって壊していく…)
そんなことを思いながら丈也は歩いていた。
(このとてつもない場所に生きている僕は…ただもがいている僕は…小さいなぁ…)
自分が心に抱えている悩みとこの風景を重ね合わせると何だかとてもうら寂しい気分になってしまい、次第に頭を垂れながら歩いているのだった。

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