僕の中の十字架
着信が来たのは午前七時四十五分。携帯ではなく固定電話からの電話だった。
電話帳に登録されてる名前だった。
それを見た瞬間、心臓が暴れだした。
「富士原」
「あい?」
隣でボケーッとしていた前髪ばかりの男が身を起こす。
家に帰る気にもなれず、病院の待合室でダラダラとベンチに座っている大人二人。
大迷惑は承知の上。
「来た」
「え?」
「もしもし」
アホを無視して電話に出た。
『………北村さん』
「サエちゃん? どうしたの、こんな朝早くに」
受話器からは、怯えたように声をひそめた少女の声。
しばらく荒い呼吸音が聞こえた。
「サエちゃん?」
『………お、お母さんが』
「ん?」
『お母さんが、クロを連れて、風呂場に入ったまま、出てこない……』
「どういうこと?」
『いや、なんか包丁持ってて、“お母さーん”て声かけたら“くんじゃねー!”って叫んで、“警察呼んだらあんたも殺す”って』
「…………」
サエちゃん、今あなた警察と電話してるわよ。
『どしたの?』
「…………いや。お母さんは、クロエ君と風呂場で何してるのか、解る?」
『何の物音もしない。気持悪いよ』
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