「エスペランサエピテランサ」
パン生地のささやき

パンと闘う女

しかし、人には興味があった。
パン生地を打っている人の姿というのは、なかなか見ごたえがありそうだ。
中には、パン生地と対話する女、なんかもいるかもしれない。
パン生地「いてっ、ねえさん、ちょっと思いやりにかけているんじゃありませんか?」
女「うるさいっ」
そして、たんこぶだらけの、でこぼこパンが完成。
女「かたっ。石みたい」
パン生地「そう、石みたい。この石女!壊し系!」
パン作りを通して、独りの女がパン、いや自分自身と格闘しては、負けるのか勝つのか。
これで、一本映画でも撮ってみたら、面白そうだ。題名「パンと闘う女」。
よく人を馬鹿にしていると言われるが、こういう愛し方も許してほしい。

どうしても親友がやってみたいと言う。一体彼女はどんなパンを焼くのか、というのが気になったし、たまには付き合わされてみるのも悪くない、とついていく事にしたのだった。

しかし、まさか自分の想像が、自分の身に起こるとは思ってもみない。
「エピテランサ」
たしかに、パンから声がしたのだ。
神様の暗示か。ぜひ暗示であってほしかった。
とりあえず、すがりたかった。なんでもいい。空耳でもいいから。

早速調べてみると、驚いたことに、その言葉はすでに意味をもっていた。
サボテンの名前らしい。日本名「魔法の卵」。魔法ってなんだ。
サボテンでも育てて心を広く持て、という事だろうか。
もっとトゲトゲしく生きろ、という事だろうか。
花屋になれ、という事だろうか。
どうでもいいが、よく間違えそうな「エスペランサ」は、スペイン語で「希望」という意味らしい。

パン生地少年の言葉の真相を知りたくて、狂ったようにパン生地と闘っては、負け帰る日が続いた。
エスペランサって、なんだ、どういう意味だ。
ぐったりと疲れて、その日はもう、何もする気がおきなかった。
出来上がったかちかちのパンを、悔しさと共にかみ締めたら、
あごがコキコキ鳴って、半笑い状態になって、ますますやる気がうせた。
なにやってんだ自分。自分がぐるぐるまわって、自分の悪循環。

途方にくれて、あきらめ半分でエスペランサ、日本名「魔法の卵」を育て始めた。
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