HAPPY DAYS
音楽室の古ぼけたグランドピアノは、それでも手垢一つない。


ふと思い出したが、瀧澤とボクは学区違いの隣り合う中学だから、コーラスの大会で公民館で一緒だった。

その時、ピアノ伴奏していたのは、髪の長い美少女で、瀧澤だったように思う。


対して純は…


未知数。


弾き出したのは前衛的な曲で、聞いたことはない。
「全部は覚えてねえ」
だそうだ。



瀧澤が驚いていた。
「花巻くんバルトーク弾くの?」


激しい中に無限の広がりがあり、不協和音の連続。力強いタッチが、それでも音を紡いで行く。



「ここまでしか弾けねえ、忘れた」


花巻は和音をジャーンと奏でて、弾くのを止めた。


手が震えてる。


拍手がなった。ボクの脇で聞いてたボンだ。


「花巻やるじゃん、選曲のセンスもいいし。かったるいのやられたら、軽音じゃねえからさ」


…どうやら花巻は受け入れられたらしい。


ボン達はすっかり今の曲を気に入り、花巻から不協和音をならって、ギターでならそうとしている。



瀧澤は一人置いてけぼりだ。


「…山浪くん」

「はい?」

「山浪くんは、花巻くんから、…聞いた?」

「…何を?」

「ピアノやってたこと」

「昨日聞いた」

「…私、今日初めて知ったんだよ」


瀧澤は寂しげに笑った。



「…全部知らなくてもいいんと違う?」

「え?」

「その人の人生、ボク達ならたった17年分だけど、その17年分を全部把握するなんて無理でしょ。少しずつ、新しい発見があったり、成長して変わっていったり、そんな方が楽しみがあるやん」

「…」

「人と人が付き合うのは、全てを晒し合うということではなくて、秘密をちょっとずつ打ち明け合って、共有することだと思う。秘密がいっぱいある方が、長続きすると思うよ」



瀧澤はきっと、納得いってないような気がした。
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