liftoff
 それは、ついこの間、この岬で見たものよりも、数倍、数百倍美しく感じた。
 蕩けるような夕陽は、透き通って見えたし、その紅色は、炎よりも紅く光っている。空を燃やし、海面を蒸発させながら、同時に自らをも溶かすかのように、ゆっくり、ゆっくりと潜って行く。陽が傾く度に、その色が海に溶け出して行くかのように、海が、紫のような紅いような、不思議な色に変化していく。そして波立つと、その部分だけが、その瞬間だけ、藍色を取り戻す。
 すっ、と手からメニューが取り上げられて、わたしは、ハッと我に返った。
 ジルが、ウエイターにメニューを渡しながら、クスクス笑った。
「適当に頼んでおいたよ」
「……ありがと」
 思わず、赤面しながら、ナフキンを、膝に広げた。
 テーブルには、お水用のグラスと、真っ白なお皿と、銀のフォーク、ナイフやスプーン、小振りのブーケ、そしてグラスに入ったキャンドルーーまだ火は点けていないーーがきれいに並べてある。何だか緊張してくる。慣れないハイヒールを履いた足も、少し痛くなってきた。
 すっかり陽が沈んだ頃、料理が運ばれてきた。同時に、数々のフォークやスプーンが、引き上げられて行って、手元に残ったのは、最小限の、フォークやスプーン、ナイフ、そして代わりに持って来られた、お箸、だけ。思わず、ジルを見た。
「フランス料理は、堅苦しくて、食べた気がしないだろうと思って。タイ料理のアラカルトにしてもらったんだ。好きに食べればいいよ」
 肩をすくめながらそう言って、ジルは、チキンのソテーに手を伸ばした。そして、素手で掴むと、豪快にかぶりつく。
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