liftoff
 わたしは、急に、砂浜を素足に感じてみたくなって、ストン、と両足をわたし達の寝椅子の間に下ろした。そして、まるでそれを足の裏で味わうかのように、砂に、足を擦り付けた。足の指の間に砂が入り込むので、今度は足を宙に浮かせてバタバタすると、それらが、さらさらと、キレイに落ちて行く。
「何……やってるんだ?」
 彼は、もう1缶を開けながら、そう訊いた。わたしは、答えずに、微笑むと、再び同じことを繰り返す。けれど、急にそれが面白くなくなって、わたしは、ハタとそれを止めた。と同時に、彼も、わたしを見る。一瞬目が合って、わたしは、何故か、咄嗟に目を反らしてしまった。突如、妙な考えが頭に浮かんだのだ。それは、酔っぱらっているとはいえ、自分でも、あまりに突拍子もない考えだということが分かって、わたしは、それを察せられないように、思わず、目を反らしたのだった。そして、その考えを必死に打ち消そうとするのだけれど、そうすればするほど、その考えはわたしの中で膨らんで、そして、それは内側からわたしを圧迫する。心臓が強く鼓動して、顳かみが、両側からぎゅっと押されるような感じがした。
 わたしは、何だか、そこに居られないほど勝手に動揺してしまって、思わず、砂の上に缶を置いた。砂のいっぱいついた足のまま、サンダルを履いて、そして、立ち上がると、傘を手にした。ぐら、っと地面が揺れる。傘を杖のようにして、何とか立ちながら、
「ごめんなさい、帰る……」
と言って、砂浜を、歩き始めた。二、三歩歩いたところで、雨が体に当たっていることに気がついて、急いで傘を差すと、わたしは、たちまちバランスを崩してしまった。ドサッという音と共に、砂浜がわたしにグンと近づいてきた。そして、両脚に、思った以上の衝撃。
 重い溜め息をついて、また立ち上がろうとしたけれど、脚に力が入らない。
「……大丈夫か?」
 彼が、転がった傘を拾い上げると、わたしに差し掛けてくれた。
「帰るなら、送って行くよ」
 わたしは、黙って、彼を見上げた。
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