liftoff
ビーチへ行くと、夕方近くまでそこで寝て、その辺りを散歩しながら、ゆっくりホテルへ戻ってくる。
途中にカフェでもあったら良いのに、と思うけれど、生憎、途中にはオープンエアの高級レストランと、日本食のレストラン、そしてイタリアンの店、と、気張ったお店が連なっているだけ。

いつもその前を、ワンピースの裾をひらひらとさせながらサンダルで通り過ぎて行くわたし。
手には、分厚いタオルと単行本ーー海辺で読むので、すでに表紙はなく、湿気を吸ってぶよぶよになってしまっているーー、それだけ。

ホテルに戻って、預けておいたキーを受け取って、部屋へ戻る。
クラブハウスから部屋へ戻る時には感じない寂寥感を、その時には、何故か感じるのだ。

それは、長い間陽に当たった後のおきまりの疲労感なのか、夕方の涼しい風に吹かれるせいなのか、パラソル付きのビーチの寝椅子に未練があるのか、理由はそのどれかなのか、そのどれでもないのか、それさえも分からないけれど。

ここのホテルのスタッフたちは、わたしがたった一人で、ここに一週間以上滞在していて、そして、毎日だらだらと時間を消費しているだけだというのに、微塵も怪訝そうな顔をしないし、何一つ詮索しようともしない。もしかして、わたしのような過ごし方をする人は、意外と多いのかもしれない。ふとそう思い当たって、わたしは、少し気が楽になった。

いつの間にか、窓の外は、既に漆黒の闇の中に沈んでいる。

ホテル内のバーにでも行って、軽食とお酒をお腹に入れようかと思ったけれど、何故か、次の瞬間、気が進まなくなってしまった。ごろん、と寝返りを打って、ホテル内の、評判のいいタイ料理店へ行こうかと思い直してみたけれど、やはり、それも気が進まない。わたしは、起き上がって、ベッドの上に胡座をかいた。

テレビがやたらと明るく、うるさく思えた。
リモコンを探したけれど、それはテレビの上に乗っている。仕方なくノロノロとベッドを降りると、歩いて行って、テレビのスイッチを切った。

突然、部屋が真っ暗になる。
そして、窓の外の、眼下に広がる海沿いの道路を縁取る、ネックレスのように連なる車のライトの灯りが、ぱっと目に飛び込んできた。
 
ーー街に出てみよう。
そう決心して、わたしは、部屋を出た。

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