liftoff
 何故、こんなところに居るのだろう。
 やっぱり、魔法にやられて、踊らされただけなのだろうか。きっと、そうなのだろう。パトンの、妖艶さという毒にやられてしまったのだ、わたしは。それを消化できるほどの力があれば良かったけれど、わたしには、そんな力はなかったのだ。きっと、そういうこと。あの彼だって、その魔法の一部なのだ。
 ふぅーっ、と、長い息をついた。
 もう少ししたら、トゥクトゥクを拾って、ホテルに帰ろう。

 ホテル前に着いて、わたしは、ポケットに、思ったよりもお金が入っていない事に、初めて気がついた。当初の予定では、パトンへ行くだけだったのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけれど、それに気付かずに、(例によって)ちょっと高めだけれど、そう大して値切りもせず、トゥクトゥクに乗ってしまった自分が憎かった。
「あ……コーロー……」
 ポケットをがさごそやっていると、事情を察したのか、運転手が、
「シーロイバーツ、オーケー?」
 最初の値段よりも少なめの額を言ってくれた。でも、その400バーツも、払えない。
 わたしは、思い切って、今持っている全部の200バーツを、彼に差し出して、空っぽのポケットを見せた。明らかにがっかりする、運転手。そりゃそうよね……と、わたしも、とても申し訳なく思って、チラとロビーを見た。部屋まで取りに行って、帰ってこようか。でも、そんなの、タイ語で何て言ったらいいのか分からない。
 わたしは、通訳してもらおうと、ガイを無意識に目で捜した。
 そのとき、
「……どうしたの?」
 と、後ろから、声がした。
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