liftoff
 ビクッとしながら振り返ると、そこには、あの、彼が居た。
「あ、えっと……」
 あまりにビックリして、わたしは、答えに窮してしまう。何をどう話したらいいのか、分からなくなってしまったのだ。すると、彼は、自分から運転手に、直接話しに行ってしまった。そして、ポケットから、400バーツを取り出すと、代わりに支払ってしまったのだ。
 わたしは、何がなんだか分からないまま、トゥクトゥクを降りて、彼の前に立った。
 
 やっぱり、魔法にかけられているのだろうか。
 つながれている手をじっと見下ろして、わたしは、密かにそう思っていた。
 エレベータの中、わたしたちは、黙ったまま、手をつないでいた。
 点灯したボタンの階に着くのを、じっと待っている。
 彼は、トゥクトゥクを降りて、あっけに取られたようにポカンとしていたわたしを、どうにか、ここまで、連れて来てくれたのだ。そして、部屋まで送り届けようとしてくれている。

「……gardensに来たんだってね。僕を捜しに?」
 エレベータを降りて、やっとのことで、ボソッと、彼は言った。
 それが、あまりに唐突だったので、わたしは、少し、驚きながら、頷いた。
 突然で、少し早口で。まるで、ここで言わないと、もう言えない、と慌てたかのよう。
 そうしながらも、一方で彼は、わたしよりよく知っているかのように、部屋まで先導してくれている。この間、たった1度、送ってもらっただけなのに。
「どうして?」
 部屋の前。
 彼は、そんな疑問詞と、鍵とを、同時に、わたしに差し出した。
 わたしは、差し出された鍵を見下ろしながら、どう答えようか、じっと考えていた。
 けれど、いくら考えても、うまい言い訳なんて出て来ない。
「昼間……、突然あんな風にしてしまったこと、謝らないと、と思ったの」
 仕方なく、そのままを、そう伝える。
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