liftoff
「あんなこと、もう、いいんだよ」
 彼は、クスクスと笑った。
 わたしは、頬を真っ赤にして、彼から、鍵を受け取った。
 とそのとき、いきなり、大きな音で、わたしのお腹が、鳴ってしまった。
「!!」
 もはやこれ以上、赤くなりようがないのではないだろうか、というほど、わたしの頬は赤く染まっている。彼は、そんなわたしを見て、苦笑しながら、言った。
「何か、食べに行こう。僕が驕るよ。こんなにも疲れ果てさせてしまったようだし」

 わたしたちは、ホテルの敷地内にあるバーに入った。
 ここに長いこと滞在していながら、初めて入った。
 薄暗くて、彼に手を引いてもらって、やっと、歩けるぐらい。わたしたちは、カウンター席に座った。そして、彼が、幾つか食事になりそうなものを、さっさとオーダーしてくれた。
 そして、一息つくと、わたしは、一番訊きたかったことを、切り出した。
「あなたの、名前……って」
 すると、彼は、飲みかけたビールを、吹き出しそうになった。
 けれど、何とか、寸でのところで持ち直すと、
「そうか……名乗ってなかった」
 と、笑った。
 わたしは、うん、と、頷く。
「僕は、ジル。ジル・ブレイク。で、君は、ウイコ」
 もう一度、頷いた。
「なぜ、わたしの名前を知ってるの?」
「最初に、ここへ送ったとき、ロビーで知ったんだ」
 記憶を辿る。と、確かに、わたし、ロビーでキーをもらうとき、部屋番号を忘れていて、名前を言ったんだった。
 そしてしばらく、わたしたちは、沈黙していた。
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