liftoff
 けれど、やはり、眠れそうにない。
 寝返りを打ちながら、ウイコの言っていたことを思い出していた。
 彼女は、もう、あの男とは終わっている、と言っていた。その時はそうは思えなかった(現実に、男がプーケットくんだりまで来ているのだから)。
 けれど、今冷静に考えてみると、彼女の言っていたことは、本当だったのだろうと思う。あの男の剣幕からすると、あのまま、彼女の腕を引っ張って行って、監禁でもしそうな勢いだった。あのまま監禁でもして、そして、強制的に日本へ連れて帰るつもりなのだろう。

 ーーもしかしたら、もう、彼女とは会えないのかもしれない。

 そう思うと、何だか、まるで自分がたった1人になったかのような寂寥感に襲われた。そんな、大げさなことでもないだろうに、と、自分に言い聞かせて、また寝返りを打つと、窓が目に入った。正確には、窓の外の、白々と夜が明ける前兆が。うっすらと、紫色を帯びた暗い空が、すーっと、向こうの方まで連なっている。反射的に時計を見ると、もう、4時になろうとしていた。
 今日は、早番で仕事が入っているから、9時には店に入らなくてはならない。
 今から無理矢理寝たら、寝過ごして、遅刻してしまいそうだ、と思った。それに、どうせ、スヤスヤと眠れそうな精神状態でもなかった。
 ジルは、まるでたくさん寝たかのような伸びをすると、ゆっくり、起き上がった。
 そして、手早く、ジーンズにコットンのシャツ、そして、朝露よけにウインドブレーカーを羽織ると、外に出た。
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