執事の憂鬱(Melty Kiss)
そこで、紫馬の携帯がそっけない着信音を立てた。
発信者を見た途端、紫馬の表情がすっと整っていくのが手に取るように分かる。

『はい。
ええ、庭で立ち話中です。
そうですか、承知いたしました。
お心遣い、感謝します』

まるで有能な会社員のように淀みなく喋る様を、清水は他人事のように眺めていた。
紫馬が電話を切って、清水に視線をやる。

『中に入ってゆっくり喋れば、だって。
お優しいねぇ、うちの総長は』

プリンを思わせる滑らかさで、言葉を滑らせる。

――総長。

一般人の清水など、その単語を聞くだけで生唾が飲み込みたくなる。

『大丈夫。
総長がわざわざヒデさんを出迎えるわけないじゃない。
チンピラとヤクザの違いって知ってる?』

そうめんとひやむぎの違いって知ってる?と、雑学でも聞き出すような軽い口調で紫馬が問う。

『いや』

正直、似たようなもんだと思うし、その件について検討したことすらない清水は口篭るほかない。
紫馬は取り立てて気を悪くした風もなく、口許を緩ませた。

『一般人にも絡むのがチンピラ。
一般人とは別世界に居るのがヤクザだよ』

お前は今だって一般人がわんさか居る大学という場所に居るじゃないかと、喉元まで出かかったが、清水はそうは言わなかった。

確かに、大学のキャンパスで見知った彼と、今の彼はまるで別人だ。
要は、大学では裏の顔など一度も見せなかった、と言っているのだろう。

だとしたら、一般人である自分がこの敷居をまたいでも良かったのだろうか……。
じっとりと、松葉杖を握る手のひらが汗ばんでくる。
チューリップの花束は、いつの間にか紫馬の手に握られていた。
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