執事の憂鬱(Melty Kiss)
空気の密度、というものをあまり意識したことはないが、この由緒ありそうな日本家屋の入り口に足を踏み入れた時ばかりは、空気の色ががらりと変わったと自覚せずにはいられなかった。

清水とは無縁だった、「ヤクザの世界」。
血でも含んだような濃厚な何かがべっとりと身体にまとわりついてくるようだった。

紫馬は軽い足取りで寝静まった家の中を歩く。
もちろん、足音一つ立てずに、だ。

そうして、一つのドアを開けた。

『ここ、応接室。
防音になってるから、色々と便利なんだよね』

にこり、と。
子供がおもちゃを自慢するような無邪気な笑みで、そう告げた。

革張りの黒椅子の一つに座るよう、清水を目で促す。

『しばらく、ここに居れば?』

うちのサークルに入らない?と誘うような気軽さで、前置きもなくそう切り出すので、清水は素直に面食らう。

『命、狙われている自覚はあるんだよね?』

『そうみたいだな』

『今日だって、うちの姫が見舞いに行かなかったらやられてたよ?
警察から返してもらったんだ、あのランドセルの残骸。
あ、新しいランドセルは俺が買ってあげるから気にしなくていいけどさ。
とにかく、あれは殺意の塊だね。
本当に心当たりはないわけ?』

『ないね。……あるいは、会社の差し金か』

このまま、裁判になって揉めれば会社ぐるみの事件だと発覚する恐れがある。
それよりも、清水にだけ罪を押し付けて全てなかったことにしたいのだ。

会社としては。

< 48 / 71 >

この作品をシェア

pagetop