皎皎天中月
「お城の様子を姫様から聞き出してあげようかと思ったのに」
「その心持ちだけで有難いことじゃ。ほれ、自慢の織り子たちと有望な姫様が来てしまうぞ。宿居番、ご苦労なことであった」
 ああ、と綺与は荷物を抱え直した。食堂に顔を出し、出立を告げる。晩飯と翌朝の朝飯は町衆で作ってやるのが約束で、昼飯は街の子達が手伝う家が賄ってやる。
「ご馳走さまでした」
「片付けは任せたよ」
 明るい声が飛び交う。不遇な生い立ちの子らだが、殆どが健やかに育った。町衆が親代わりに面倒を見ているからこそだ。

 食器を抱えて、昂礼が勝手場に入ってくる。
「先生ももう出ますか」
「そうじゃな」
「綺与さんとは何の話」
 昂礼の性分がまた出て、にやりと笑う。根は真っ直ぐで利発なのだが、捻れて見せたい年頃だ。
「今度、丹祢さんに言っておくよ。綺与さんと仲良さげにひそひそ話をしてたって」
「昂礼。うちの丹祢は儂に真底惚れておるから、そんな話をしたら妬いてとばっちりを喰うのはお前じゃぞ」
「はいはい、ごちそうさま」

 恵正は来た道を戻りながら、姫様を働かせたいという意図に考えを巡らせた。
 蛇殺し草の毒に侵された者には打つ手がない。残された日々を穏やかに過ごしていくことだ。どんなに動こうが、安静にしていようが関わりはなかった。毒が多く入ればすぐに死が訪れ、少なければ数年かけて毒が命を食っていく。
 城の中では気が紛れぬか。ずいぶんと面白いことを思い付いたものだ。姫様が所望したか、周りの者が提案したのか。まさか、恵弾ではあるまいな。
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