皎皎天中月
 布団屋を覗くと、貞陽は朝食を食べ終えたところだった。房楊枝と布巾を手に、勝手口から現れた。
「杏の大先生、おはようございます」
「おはよう、貞陽。手伝いはこれからか?」
「ああ、大先生。おはようございます」
 と、店の奥から店主の椙角路が出てくる。
「貞陽を借りていいか」
 それを聞いて、角路と貞陽はくすくすと笑った。
「なんじゃ」
「いやあ、さっきそこで、丹祢さんに会って」
「先生、ぼくを探しに、宿居場に行ったって聞きました」

 頭を掻きながら恵正は続ける。
「それで、貞陽の手伝いは」
「終わっています。一昨日から、仕入れを手伝わせてもらいました」
「泊りがけになってしまって、な、昨日も店に着いたらもう夜中だ。飯を食わせて、そのままうちに泊めました」
 はい、と貞陽は頷いた。
「そうじゃったか。布団屋の布団はさぞかし寝心地が良かったろう」
「はい。宙に浮いているような心地がしました」
 角路がそれを聞いて笑う。店の番台に紙を広げて、何やら書き付ける。
「貞陽、それをあちこちで言って回ってくれ。うちの布団がよく売れるようにな」
 角路は書き付けを貞陽に見せた。街の子の働きを確かにするものだ。

 貞陽、第十月二十六日、半日、働き良し、金三千値 椙角路
 貞陽、第十月二十七日、全日、働き良し、金六千値 椙角路

 街の子に手伝いをさせ終えた町衆は、同じ内容のものを三通作る。一つは自身で持ち、一つは街の子に持たせ、もう一つは両替屋に持っていく。両替屋では街の子それぞれの帳面を付けていて、それぞれの手伝いの駄賃の集計をしている。食費や服にかかった費用を差し引き、その子の蓄えとする。街の子が新たな暮らしを始めるときに、それが元手になるのだ。
< 132 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop