皎皎天中月
「うさぎ、今日はもう休もう」
 日が翳り、辺りが冷え始める。明千がうさぎに言うと、うさぎは振り返って頷いた。

 火を起こして暖を取る。
 芳空は芋を焼き、明千は昼間捕えた虫の羽根と脚を取り、木の枝に刺して火にくべた。食べられる虫は、動物がいないここでは貴重な栄養源だ。焦げ過ぎないように返していると、芳空は芋を突いてこぼした。
「あいつはどうしているんだろうな」
「お前の妹か?」
「妹はささやかに生きているだろうよ。あいつだ、あの医者、杏恵孝」

 杏恵孝。城で初めて見たときはただの優男かと思ったが、その父親に向けた矛の先を恵孝に変えても身じろぎしなかった。蛇殺し草の毒を打ち消す薬を探し、いや、囚われた父親を助けるために、一人この山に入った。
「うさぎ」
 火から少し距離を置いてうさぎは丸まっている。
「杏恵孝は今どこにいるんだ」
 うさぎは顔を横に振った。明千は血の気が引くのを感じ、思わず声が大きくなる。
「いないのか? まさか、どこかで命を落としたとでも」
「違う」
 うさぎは前足で顔を擦った。体はもう軽い。恵孝の薬が効いたのだ。
「どこにいるか、分からない。あいつは、あいつの婆さんに聞いたとおりに進んでいるんだろう。その進み方を、俺は知らない」
「うさぎ、お前」
 明千の頭の中にずっとあった疑問が、明確な形を持った。だがその疑問は、隣の芳空の口から出てくる。
「うさぎよ、お前は本当に薬の在り処を知っているのか。蛇殺し草の毒を消す薬のことを知っているのか?」
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