皎皎天中月
「心配した?」
 いつか来た患者だろうか。いや、このような赤い瞳を持つ者を忘れるわけがない。

 恵孝が戸惑っているので、男は「ああ」と独り合点して恵孝の隣に座った。座ったまま、後ろのものを取るように体を捻る。毛皮がふわりと恵孝の視界を遮り、また視界が開けたときには男の姿はなく、同じ赤い瞳のうさぎがそこにいた。
「君は……」
「そう、俺だ」
 うさぎはまた体を捻ると、今度は先の男の姿になった。

 恵孝はまだ目を白黒させている。うさぎ男は今度は声を立てて笑った。恵孝の頬に両手を添え、自分の顔を見させる。
「お前が、まだこうして生きていて良かった。『お大事に』していたんだな」
 それは、あのうさぎと別れるときにした話だ。恵孝は詰めていた息をゆっくりと吐いた。
 そして首を横に振った。うさぎ男は手を放す。
「なかなか、難しかったよ」
 困りながら、恵孝も笑みを見せた。 
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