皎皎天中月
 雨は降り続いている。

 恵孝は、うさぎ男から二人の男の話を聞いた。同じ薬を求めている。服装や持ち物からして、軍の兵士だ。
 恵孝は行李から『神仙山記』を取り出した。ここには、あんな岩壁があるなど書いていなかった。進むほど幻影に苛まれるとは書いていなかった。だから行李の奥に仕舞っていたのだが、杏恵有が著したこの自家本を持っているのは杏家だけのはずだ。なぜ、この山のことを、その薬のことを知っているのだろうか。

 本を見つめていると、ぐにゃりと視界が歪んだ。頭の中身が、あの日に見た川の濁流の如く激しく揺れているように思える。
「おい」
 肩に、うさぎ男の手がかけられる。激しい流れが、その手に吸い込まれていく。渦巻いたり揺れ動いたりしていたものが、収まっていく。うさぎ男がいま触れているという現実が、恵孝が幻想に惑わされることを食い止め、正気を保たせる。
 恵孝はうさぎ男を見た。うさぎ男は心配そうな顔をする。
「大丈夫か」
「君こそ、僕を案じてくれるんだね。嬉しいよ」
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