皎皎天中月
 傍に誰かいるというのは心強いものだ。恵孝はそれをしみじみと感じていた。
 それをうさぎ男に伝えると、うさぎ男は「そうだろうな」と同意した。
「あいつらは二人でいるから、二人で声を掛け合ったり、殴り合ったりして、正気を保っていた。お前は一人ぼっちだったから、どうするのだろうと、気がかりだった」
 恵孝は懐から油紙の包みを取り出した。開くと、中に更に小さな包みがある。うさぎ男はその一つを摘み、開いた。
「これも薬か」
「そうだね。これは、自分を殴るような薬だ」
「それなら、しっかり進んで来られたんだな」
 うさぎ男の言葉に、恵孝は首を横に振る。うさぎ男の手から薬包紙を取り上げると、包みを返して薬を地面に落とした。丸薬は坂を転がり、ぬかるみで止まった。そのまま、泥水に溶けていく。油紙を懐に入れた。
「殴り過ぎて、痛みを感じなくなってしまった。命に関わるほど殴っても、それに気付けないほどにね」
「危ない薬だな」
「君も言ったろう、薬は一歩間違えたら毒になる。だから、薬ではなく、僕を揺り起こしてくれた君に感謝しているんだ。ありがとう」
 うさぎ男を真っ直ぐに見て恵孝が言う。うさぎ男は照れたのか、視線を逸らし、体を捻ってうさぎの姿になった。表情が分からなくなる。

「でも悪いが、俺はお前と一緒にはいられない。今日は雲が厚くてよく分からないだろうが、もう昼過ぎだ。雨止みを待っている間に、夜が来る。今晩から満月になるまで、俺は仕事なんだ」
 仕事。前に会ったときも、そんな話をしていた。
「何をする仕事だい?」
 恵孝が問うと、うさぎはフンと鼻を鳴らした。体を捻り、男の姿になった。恵孝の前に立ち、得意気な笑みを浮かべる。

「朔夜から満月になるまで、餅を搗くんだよ」
< 153 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop