皎皎天中月
「光召院」というのはどこだろう。初めて見聞きする。
その疑問をそのまま口にしようとしたとき、控えていた侍女が「姫様」と声を掛けた。
「陛下がお呼びだと。すぐに城に戻るように」
恭姫は、さっと出入口を見遣る。そこには、父の側近の一人がいた。その影から、もう一人が姿を見せる。暁晏が、暗い顔をして立っている。
「私が織っていることがお父様に知れたのね」
その呟きが聞こえたのか、暁晏は渋い顔で頷いた。
恭姫は、にわかに眉をひそめた。出来ることなら、父の求めを突きはねて、ここで機織りをしていたい。駄々をこねようか。
カタン、カタン、とたくさんの織機が動き続けている。恭姫は並んだ織機と、それを操る女達に目を向けた。一心不乱に織り続けている者もあれば、手を止めてこちらを見ている者もいる。目が合うと、ばつが悪そうに目を逸らす。中には、手は止めずに耳を傾けている者もいた。里登がそうだ。
ここにいたい、機織りをしていたい。父の命に背いてそう言ったならば、父は何としても城に連れ戻そうとする。綺与の織り場を潰してでも。ごねても、素直に応じても、どちらにしろ城に戻れば、もう二度と外へ出られないかもしれない。右足の蛇が、命を食べきるまで。
恭姫が使っていた織機の近くで、恭姫よりも年下の少女が細い腕と脚を懸命に動かしている。父親が病弱で、母親と少女の稼ぎで生計を立てているという。家には幼い妹弟がいる。里登の向こうの女には、親が遺した莫大な借財があったが、それを綺与が肩代わりし、今は機を織って綺与に少しずつ返済しているのだという。ここで働く女性達の、それぞれの生き様がある。繋がりがある。
恭がわがままを通し、その報いにここが閉ざされたら。女達の生き様を、繋がりを断ち切ることが、恭に許されるのか。
恭は己の手を見た。ひと月前、恭の手は陶器のように白くて滑らかだった。今、指には細かな傷がつき、装飾が施されていた長い爪は短く切り揃えられている。
恭姫の胸に、熱いものが込み上げてきた。
――私もここで生きていた。ほんのわずかだけれども。
手を握って、綺与に話しかける。