皎皎天中月
「まあ、暁晏さん」
最初に顔を出したのは、富幸だった。暁晏は久しぶりに見たその顔に、何と話しかけるべきか迷った。富幸も、その後の言葉をどう繋げるか戸惑い、視線を逸らせた。
「恵弾には、助けられている」
唐突に言い過ぎたか。富幸の顔が歪む。
「……そうですか」
「恵正先生は、ご在宅か」
「呼んできます」
富幸は家の奥にそそくさと戻る。暁晏は、自分の思いばかりでこの家を訪ねたことを今更ながら少し悔いた。この家人が自分をどう思うかを推し量っていなかった。
姫も数多の兵の怪我も、本来ならば城にいる者で収めるべきなのだ。そうするために自分が相応の地位と待遇を受けている。が、手に余るので町医者が呼ばれ、新たな薬を作るために囚われている。しかも、ここの跡取り息子は伝説の薬を求めて旅に出ているのだ。
長い付き合いのある杏家の者は、この顛末に取り乱し、暁晏を責めるような人々ではないとわかっている。だからこそ、互いに苦しい。
「儂にすがってどうする」
恵正は、顔を見るなりさらりと言った。
「お前が御典医を務めているのは、何も血筋だけではない。頭と腕と、どれも相応しいから、お前の親父殿が、長男を差し置いてお前に跡を継がせた。違ったか」
恵正に弱音を吐きに来たことは見透かされている。恵正はそれを許さない。
「御典医のお前が食いしばって、他の医者を守れ。蛇殺し草の薬なぞ、夢のような、途方もないことではあるがな。嫌な役回りじゃ」