皎皎天中月
玉座にいたのは、人の親であった。行軍や御幸で目にする章王は、まさに威厳の塊のような人物だったと恵孝は記憶していた。しかし目の前にいるのは、肩を落とし、額に手を当て、目を虚ろげに動かしている四十がらみの男に過ぎぬ。
「そなたが、杏恵孝か」
声も力無い。
恵孝は父に倣い、腰を低く屈める礼をとった。
「予は諦めぬ。全ての手を尽くせ……」
章王は立ち上がると、恵孝を目で促した。自らが先導して謁見の間を奥へ進む。その後を恵孝、恵弾、暁晏が続く。
何枚かの扉の先に、立派な寝台が現れた。天蓋から薄い幕が垂れ下がり、中のひとは見えない。
「我が娘である」
むせるような薬物の匂いに、恵孝は顔をしかめる。深い傷や膿に湿布する、膏薬の匂いだ。
侍女が幕を捲り、章王と恵孝が通された。
「恭」
声をかけても少女は答えない。匂いは一際強い。
「新しい医者を連れて来たぞ」
「杏恵孝と申します」
意識がないのだ。恵孝は一度頭を下げてから、細い手首に触れた。