皎皎天中月
杏家
「ただ今、戻りました」
恵孝は、薬屋の帳簿をつける母に声をかけた。富幸はその覇気のない声の理由を考える。恵孝の、引きずるような足取りの理由を考える。
「母さん、」
呼びかけたは良いが、何を続けたら良いのか解らない。
「足を洗って着替えて、お爺様を手伝いなさい」
幼い子に言うように話し、富幸は帳簿に目を落とす。そしてそっと息を吐いた。――恵弾は戻らず、恵孝はあんな顔で帰って来た。これは何か、悪いことが起こったのやも知れない。
白衣に袖を通し、戸を引く。
「若先生、」
その先は診察室の待合所で、見知った顔が恵孝を待ち構える。好奇の目と共に。
「杏先生がお城にしょっぴかれたんだってね」
「何があったんだい、まだお城にいるのかい」
矢継ぎ早に続く質問。恵孝は申し訳なさそうに眉を下げた。