皎皎天中月
不治、とはどんな手を施しても癒えぬから不治なのだ。位や金、権力が何と言おうと、奇跡でも起こらぬ限り、治らぬものは治らぬ。
悔しいかな、それが現実だ。
祖父に代わり、恵孝は診察室の席に座った。手元にある帳簿を捲る。何日に誰を診た、こういう症状で、こういう治療をし、このような薬を処方した、と書き綴ってある。恵正の文字、恵弾の文字……恵孝の字が入るようになったのはこの二年ほどだ。
この帳簿はまだ、書き始めて日が浅い。先月に替えたばかりだ。前のものを見ていけば、恵孝は顔を知らない曾祖父の字が現れる。そして恵弾の字が消え、曾祖父の父の字が現れ。杏家は長く長く、医薬を扱うことを生業として続いて来たのだ。
恵孝はゆっくりと息を吐いた。
「できることは何だ……」
独り言ちて首を振る。今は診療が先だ。只でさえ体の調子が悪い、と来ているのに、待ちくたびれては毒だ。
帳簿を閉じて立ち上がる。診療室の戸を開けて、患者の名を呼んだ。
悔しいかな、それが現実だ。
祖父に代わり、恵孝は診察室の席に座った。手元にある帳簿を捲る。何日に誰を診た、こういう症状で、こういう治療をし、このような薬を処方した、と書き綴ってある。恵正の文字、恵弾の文字……恵孝の字が入るようになったのはこの二年ほどだ。
この帳簿はまだ、書き始めて日が浅い。先月に替えたばかりだ。前のものを見ていけば、恵孝は顔を知らない曾祖父の字が現れる。そして恵弾の字が消え、曾祖父の父の字が現れ。杏家は長く長く、医薬を扱うことを生業として続いて来たのだ。
恵孝はゆっくりと息を吐いた。
「できることは何だ……」
独り言ちて首を振る。今は診療が先だ。只でさえ体の調子が悪い、と来ているのに、待ちくたびれては毒だ。
帳簿を閉じて立ち上がる。診療室の戸を開けて、患者の名を呼んだ。