皎皎天中月
 富幸の父は王家が抱える神官の長だった。王の即位ほか諸々の神事を執り行い、先々を占い、日照りが続けば雨乞いの儀式を行なった。今は役職を退いている。

「神に姫様の治癒を祈るか」
 聞かれ、富幸はすこし考えたが、首を横に振る。
「蛇殺し草の毒に侵されている者に、そのようなことはいたしません。ただ、心が穏やかでいられるよう、諭すだけです」

 梨爺はそうじゃろう。と、恵正は溢して笑った。
 富幸の父、梨広源は神の為すことと人の為すことをわきまえて考えられる人物だった。伝令に聞くところ、今王城には祈祷の声が満ちているという。

 す、と丹祢が席を立った。食卓のある部屋を出る。やがて恵正も立つ。富幸はまた着物の袖に顔を埋めた。
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