皎皎天中月
 物語の中心は朱恵の子、恵有である。『深仙山記』は恵有による深仙山見聞録。

 丹祢の語りを聞きながら、恵孝は書物の文字を追った。ひとりでは読んで理解するのは難しいが、耳から入る物語と照らし合わせていけば何とか読み進められる。

 物語は簡潔だった。
「これは昔話……ただの作り話ではないのですか」
 恵孝は視線を、語りを終えた祖母に向けた。
 深仙山の頂上に蛙がいる。その蛙が不治の病を治す薬を持っている。恵有は犬を連れて深仙山を登ったが、途中で犬が毒のある木の実を食べてしまった。蛙の差し出した薬で、犬は回復した――そもそも「深仙山」という山すら伝説の存在なのである。町から山々の稜線が見える。そのいずれかが深仙山らしいが、これという決め手はない。

「恵孝、勘違いをしてはいけない。これは伝説だよ。伝説は何らかの根拠がある」
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