皎皎天中月
 顔を出したのは、背の低い女だった。髪の結び方からして、年は六十過ぎ。

「杏恵弾先生の母御に相違ないだろうか」
 丹祢は身をこわばらせた。訪問者は、平装だが太刀を帯びている。この国では兵士だけだ。

「どうした」
 奥から出てきたのは、杏恵正だ。
「自分は、楴明千。杏先生から御母堂へ、伝言を」
「ことづて」
 杏恵正が、繰り返した。


『……母なら、何らかの知恵を授けてくれよう。昔話、物語、伝説に伝記の類。存在しないという証のない薬を覚えてはいないだろうか。』
 明千の言葉を聞いて、丹祢と恵正は顔を見合わせた。何かある、と見た明千は続けて問う。

「そう言えば、城にいた杏恵孝は」
「恵孝は……。楴殿、」
 恵正は咳払いをした。
「これから言うことを、息子に伝えて欲しい」
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