皎皎天中月
 整然と揃った足音を聞きながら、恵弾は蛇殺し草を摘み取っていく。これから、この毒草と性根を据えて戦わなければならない。少し、恵孝のことをうらやましく思う。父の恵正は、薬草についてのありとあらゆる知識を、息子ではなく孫に教え込んだ。
 わかっている。そういう仕組みなのだ。恵弾も、治療について祖父から叩きこまれた。年の功を加算しても、恵正よりもその腕はあると自負している。祖父から孫へ、持てるものを全て与えるのである。孫も自らよく学ばなければならない。祖父からはたくさんのことを手取り足取り教えられるが、父はただ背中で語るのみである。幼いころ見た父親は、ひたすらに患者と向き合っていた。だから祖父が教えるのだ。
 自分が恵孝と同じ年のころ――すでに富幸の腕の中には、恵孝が安らかな寝息を立てていた。眦を緩ませてばかりいる恵正を見ては、嬉しかったり、呆れたりして、己も父と同じ年のころになれば、孫を得てこういう顔をするのだろうと思っていた。

 不治の病を治す薬を求め、深仙山へ恵孝は旅だったという。不治の薬も、深仙山の存在すらも伝説である。そしてその間、自分はこの城に幽閉され、蛇殺し草の毒に対抗する薬を生みださなければならない。そして、功を奏さなければ、いずれも命はないのだ。
 恵弾はゆっくりと息を吐いた。強い感情で、手元が狂いそうになる。吐ききるとまた、静かに吸う。腹の奥から呼吸をする。

 恵孝よ。
 どうか、無事で戻ってこい。
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