皎皎天中月
 隊は静まった。
 上官も何も言わない。有志を募るというのは、苦肉の策だったのだろう。
「では、別の道を探そう」

「待ってください」
 声が上がる。明千は、すっと背中に寒さを覚えた。
「方向を変えちゃいけねえんだろう。俺が行きます。登ってきます」
「杜芳空」と悲鳴にも似たような声で誰かがその名を呼んだ。

「俺は工兵だ。道がなきゃ道を作る。橋がなきゃ橋を作るまで」
 後方から聞こえる芳空の声は震えない。
「その薬があれば、姫様の命が救われる。それだけじゃねえ、不治の病と、死と隣り合わせで生きている連中も助かるんだ。俺達はそのために遣わされたんだろう」
 そんなことは分かっている。だが、それは建前だ。
 芳空の足音が後ろから近づく。泰然と憮然の同居した顔でいる上官の元へ向かうのだろう。

 突然、ぐいと右肩を掴まれた。
 そちらを見ると、真っ直ぐな眼を光らせた芳空の顔があった。頼む、と口だけが動く。明千はただ、目を見張る。
 芳空は短く笑った。それから、列の前方に向かって声を上げる。
「楴明千も俺に賛同した。杜芳空、楴明千の二人で壁を越える」
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