皎皎天中月

 紺地に刷毛で朱を掃いたようだ。
 朱は足元にいくほど濃く、そして徐々に白く明るくなる。そして、視界の右側に浮かぶ月。

 下弦よりも少し細い二十五日の朝の月。

 恵孝は慌てて身体を起こした。
「うわあ」
 それが自分の声かもわからず、混乱する。胸の上から何かが足元に転がった。とっさに見ようとするが、体中が痛い。傷による痛みではない。筋肉が疲労した痛みだ。

「いきなり動くなよ」
 転げた何かが声を発したのだ。恵孝はおそるおそる確かめる。
 白い毛、長い耳、赤眼の、うさぎ。顔を前脚でこする。

「すまない、えっと」
 頭が混乱している。筋肉の痛みの他には、大きな傷はなさそうだ。旅の身なりをして、地面に寝ていた。背負ってきた荷物を枕にしている。寒さを感じなかったのは、どうやらこのうさぎが腹の上で寝ていたかららしい。
 もう一度、白い月を見る。ここは夢か現か。

「あのまま僕は、岩壁から落ちたのか?」
「お前、阿呆か」
 うさきが言う。
「俺が引き上げたんだよ」
「どうやって」
「お前の腕をぐっと握って、気を失っているお前をぐいぐいっとな」
「その前脚で?」
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