皎皎天中月
「杏先生」
厚い薬学書を読み返していると、若い医者に声を掛けられた。顔を上げるが何か話しかけてくる訳ではない。その者も周囲の医者達も作業の手を止め、不思議そうに宙を見ている。
恵弾も気付いた。昼夜なく城内に響いていた祈祷の声がぱったりと止んでいる。
姫の平癒の祈祷は、章王の命令で始まったものである。それを止めるには、また王の命令が必要。そんなもの効用はないと王自身が悟り、止めさせたか。
いや。
恵弾は薬学書に目を戻した。章王は決して蒙昧な統治者ではない。だが娘に甘い、どこにでもいる父親だ。娘のために出来ることを全てしようとしているに過ぎない。例えば、城下町の医者狩りをし、兵士に伝説の薬を探させ。
祈祷させる親心を否定はしない。が、病には祈りよりも、治療や服薬の方が明らかに効く。だから、祈祷が止んだのは、章王が止めたのではない。章王に止めさせた者がいるのだ。医薬に通じる者か。暁晏ではない、誰か。大きな権力を持ちながら盲目的にそれを翳す者を、諌められるのは誰か。