皎皎天中月
「お前、どうしてここを知っていたんだ」

 うさぎが言う。恵孝はうさぎを布で包んで温かい状態を保ち、それをうさぎごと首から提げている。そして西へと進んでいる。西へ進む最後の日だ。
「行き方を祖母に教えてもらった」
「お前の婆さんは、ここに来たことがあるのか」
「祖母は、古い話を覚えていただけだよ。うちには本がたくさんあって、僕の婆様はその本よりも多くの話を覚えているんだ」
「本を読むのが好きなのか」
「いや、婆様は字が読めない。聞いたことを覚えているんだ」
「誰が婆さんに話を教えたんだ」
「婆様のように、語る人が」
 うさぎの鼻声は大分治まった。
「じゃあ、誰が山に来た話を聞いたんだ」
 
「名は、恵有という」
「恵有。ただの恵有か」
「杏恵有、八百年も前の人だ」
 うさぎは、ふうん、と言って、恵孝は続きを待ったが、それから返事はなかった。眠ってしまったようだ。
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