皎皎天中月
 突如、胸のうさぎが動いた。首を振り、布から飛び出す。
「どうした。どこか痛むのかい」
「いや」
 地面に降りたうさぎは、脚で身体をさする。
「あの苦いやつのお陰か、体が軽い。礼を言うよ」
「いや、薬が効いて良かった」
 くしゃみもない。

「また、この山に入ろうとしている奴がいる」
 うさぎの言葉に、恵孝はぐるりと見回す。人影はない。うさぎの耳が自由自在に動いている。
「様子を見に行く」
「気を付けて」
 駆け出していたうさぎは立ち止まり、振り返って恵孝を見上げた。
「お前、良い奴だな」
 しみじみとした声色で言う。恵孝は少し笑う。
「ありがとう。ずっと一人旅だったから、君がいて楽しかったんだよ。お大事に」
「何を?」
 また、素直にきく。だので恵孝は丁寧に答える。
「あなたの体を大事にいたわってください、という挨拶だよ」
 うさぎはぴょこんぴょこんと跳ね、恵孝の足元まで戻ってきた。

「お前もな、お大事に」
 そう素っ気なく言うと、くるりと体の向きを変え、またぴょこんぴょこんと跳んで行った。草陰に入り、すぐに小さな体は見えなくなる。
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