「私」にはなかった「モノ」【実話】
それは現実になってしまった。

父の病気はもう治らない。
進行しかしない。
治療法もない。


オリーブ橋小脳萎縮症…

多系統萎縮症の中の小脳に関する病気だ。
小脳症状でみられるのは運動失調・失調性歩行・言語障害等がある。
治療…と言っても、症状に対し、酒石酸プロチレリンやタルチレリン水和物が試みられるほか、リハビリで歩行訓練。
パーキンソン症候群が強いときはレボドパとか言う物を投与するらしい。
発症してから10年以内にほとんどの人が死んでしまうらしい。
その多くが突然死。
それさえ防止できれば、長期の生存が期待出来るらしいとかなんとか…


余命は一年もないと医者が言った。


医者は大嫌いだ。

簡単に人の生死を見てしまう。
それを簡単に私達家族に言う。

そして、簡単に父の笑顔を奪い去った。

もともと無口な人だった。
けれども父に叩かれたりした覚えはない。

よく母のオヤツを勝手に食べて怒られていた。
もみじ饅頭が大好きで、他にも甘いものはだいたい好きだ。

口に出して何か言わなくても、母が父を選んだ理由はなんとなくわかる。
父の病気や余命を聞いたとき、母は父に笑いかけていた。

私は家に帰って独り、泣いた。

父のお見舞いに行くたび、父が言う。



「饅頭食いてぇなぁ…」



こんなにはっきり言う訳じゃない。

いつも一緒にいたからわかるだけで、本当は呂律がまわらなくて何を言っているのか分からない。
会う度にわからなくなっていく。
父もそれに苛立ちを感じているだろう。

私達はそれに悲しみを感じる。



「どうか、どうか父が少しでも長く生きていますように…」



柄でもない事を何度空に願った事だろう。

疲れていた。

何故自分ばかり…と思った。

もう、どうでもよくなっていた。



「なんか…もう死んでもいい気がするな…」

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