Addicted to you
 今日の午後に来るお客様は、いつも司さんに分けてもらえる最高級の紅茶が欲しいほど、大切な取引先なのだろう。
 きっとそのお客様に出す紅茶は、私が入れるのに違いない。

 紅茶を入れるのは得意でも、お茶をお客様の前に出すのが苦手な私は、今から肩がこってしまいそうな気がした。

 あらかじめ携帯から司さんに事情を説明しておいたので、そのまま店のほうに直接伺い、まだ準備中のドアを開けた。

「おはようございます!」
「おはよう、果穂さん」

 カウンターに立っていた司さんは高齢なはずなのに、若々しくちょっとダンディなおじ様って感じだ。

 でも、全然お金持ちぽくなくって、一見、普通の喫茶店のマスターさんって感じに見える。

 気さくで愛想のいい人だった。

「こんな朝早くからすみません」
「いや、果穂さんが来るのなら、全然構わないよ」
「ありがとうございます」

 さっそくカウンターのところで手招きされる。
 お決まりの、紅茶を入れろというリアクションだ。

 私は慣れた手つきで紅茶を入れ、司さんの前にカップを置く。
 いつもこの瞬間が緊張する。
 別に美味しくなくても、司さんは文句は言わないんだけど、この司さんのカップ、年代モノのアンティークカップの中でも、とんでもない値段がついているシロモノなのだ。

 こんなの落として割ったりしたら、とても弁償出来るような値段じゃない。
 それを知ってからは、いつも運ぶ時にドキドキしてしまう。

「いかがですか?」
「うーん、美味しいよ。やっぱり、誰かに入れてもらう紅茶は美味しい」
「そうですか、良かった」
「・・・・・」

 自分で作ったものが美味しくないのは、私も判る。

 海さんと会わなくなってから、私は殆ど食事を摂れなくなった。
 自分で作って食べてもいつも美味しくなくって、結局残してしまっているうちに、胃が小さくなってしまったのか、元々小食だったのにさらに小食になってしまっている。

 特にあの時は不眠や感情の情緒不安定などもあり、私はみるみる痩せこけていった。

 司さんは時々、私の骨だけになってしまったような腕を取り、悲しそうな顔をする事がある。
 でも、けして事情を聞いたり、私の領域に踏み込んでくるようなマネはしなかった。
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