最カノ・アスカ様。
そんなことを考えている間に、あのシーンがやってきた。


そう、あの……キスシーンが……。


「ユッチ」


ドワッと、冷や汗が身体中の毛穴という毛穴から湧き出る。

そしてかきむしりたくなるほどの鳥肌。


箱の中には、目を閉じ(って開いてる時と変わりないが)唇を少し突き出す、顎の長いお姫様……。


……ヤバイ。
おれの全てが、アスカを拒否している。


この9ヶ月間、清い交際を続けていたおれら。

もちろん、キスなんてしたこともない。


アスカもねだってくることはなかった(意外に純情……?)。


それが今、ピンチ。

大ピンチ。


前には客、左右にはクラスメイト。

すぐ下にアスカ。


おさげの呪縛並に、逃れられないこの状況。


どうする……!?


「ユッチ、早くゥ」


ままま、負けんなおれ!


いいか!?
劇のシメは王子の演技にかかってんだぞ!


なぁに、ただの“ふり”じゃねぇか。


至近距離は死ぬほどキツイけど、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ我慢すればなんとか……。


──ゴクリ。

おれの生唾を飲み込む音が、生々しく脳内に響いた。


……よ、よし……!!


おれはゆっくりと、アスカに顔を近付けた。
< 98 / 119 >

この作品をシェア

pagetop