(短編集)クレイジー
彼女は少し考えるそぶりをして、また答えた。
「理由が"生を歩むこと"だと言うのならば、行き着く先は同じ死。だったら、イコール生きる理由は死ぬためと言うことになるね」
くすくすと笑う彼女の視線は、また窓の外へ。
外の世界では冷たい風に落ち葉が流されてゆくところだ。
彼女はとくに何をするでもなく、時間の流れるままに外の世界を見ているのが好きなようで。
この隔離された四角い空間から見える、限られた世界が彼女にとってはすべてなのだ。
そんな彼女の横顔を見ながら、わたしは答えた。
「そうさ。人間は遅かれ早かれ死ぬんだ」
そして続けてこう言った。
「どうせ死ぬなら、色々なことを体験してから死にたいと思わないかい」
わたしの言葉は彼女に届いたのか、そうじゃないのか。
彼女の瞳はただ外の世界を見つめた。
数秒だったのか、はたまた刹那だったのか。
どちらにせよ長く感じられた沈黙を破ったのは彼女だった。
「ようするに、」
そして少しためたあと、続けた。
「死ぬために生きるってこと」
何を思ったのだろうか。
彼女は手首に巻き付けられた包帯を乱雑に解き始めた。
そうしてしばらくして、そこに現れたのはに横に引かれた赤い傷。
何本も何本も、彼女自らつけた傷はそこにはっきりと存在していた。
「この傷が、あたしの生きてる証拠」
先程わたしが撫でていた場所を、次は彼女が撫でた。
酷くゆっくりとした動作で、まるで傷を確かめるようになぞっていく。
「そう。あなたは生きてる」
いつだったか。
カウンセラーの先生が言っていた。
死ぬために傷をつけているわけではないのだ、と。
必死に生きようとして自らを傷付けるのだ、と。
そう、彼女は必死に生きようとしている。
「この傷は死ぬためにあるんだ」
そう言って彼女は愛おしそうにそれを撫でた。
生きる理由が死ぬためだと例えるなら、それもあながち間違いではない。
「それでいいさ」
(あなたが生きてくれるなら、それで)
end