(短編集)クレイジー
僕がここへ来る前から、彼女はずっとここにいる。
病弱な体質で、幼い頃からずっとこの部屋から出たことがないのだ、と彼女は話してくれた。
この部屋が彼女の世界だった。
狭い病室、そこから微かに覗く自分の知らない外の世界。
彼女が憧れを抱くのは必然的で。
「いつか身体がよくなったら、その時は外を走り回りたいんだ」
叶わぬと知っていても、夢を語って何食わぬ顔で彼女は笑うから。
僕はそれに、やはり無表情に頷きながら、頭の中では終わりを考えていた。
――……終わり、則ち彼女の死
それは刻一刻と迫る抗えない未来だった。
変わらない未来。
それでも彼女は未来さえ受け止めて無邪気に笑う。
その笑みが見られなくなると思うと悲しいけれど、僕がどうしたって彼女は死ぬのだ。
変わらない。
僕には、なにも出来ない。
だって僕は――……
「もうすぐさよならだね」
僕の考えを見透かすように彼女は呟いた。
声には出さずとも心で答える。
ああ、そうだね。
怖くはないかい。
彼女は笑った。
「約束、守ってね」
絶対だよ。
そう重ねると彼女はゆっくりと瞳を閉じて。
口元は笑みをたたえたまま、静かに息を引き取った。
(サイドテーブルの上、
小さく咲いたサボテンの花)